“It is not who is right, but what is right, that is of importance.” – Thomas Henry Huxley
研究室における教育
教育はなかなか難しいですが、若い人が着実に実力をつけて成長していくのを見るのは嬉しいものです。悩むこともしばしばですが、あまり悩みすぎないようにしています(B型の楽天性でしょうか)。
研究室における基本方針
- 「研究に人の上下はない」
- 当人の自主性を尊重します。
- 遊ぶときは遊ぶ。勉強するときは勉強する。
- 未経験なことにチャレンジする、その一歩を踏み出す勇気を持とう。やれるところまでやってみよう。
- 失敗することもある。むしろ失敗から学べ。(でもケガはするな)
- 物事を楽しむ余裕を持とう。
- (広い意味で)たくさん失敗し、とことん勉強してほしい。大学はそれが許されるおそらく最後の場所です。
実験科学の最大の魅力は、自然界に直接問いかけて応答を受け取れることです。現実の自然は、無数の要素が複雑に絡み合っており、私たちはそれら諸要素が重ね合わさった結果を観察しています。そしてどのように条件を選んだとしても、実験で観測される現象はすべての要素を含んだ自然界の応答そのもの(人的要素を含めて)であり、そこには何の省略もありません。
研究室配属されてからの研究生活が、学部3年までの教育と一番大きく違う点は、「先生といえども正解を知らない」ということです。正解の最も近くに立っているのは、実際に実験を行い、その経過を自分の眼で見ている当事者本人であるはずです。ただ、ちゃんと眼を開けているかどうかはまた別の話ですし、一番近くにいるからといって、必ず正解にたどりつけるわけでもありません。そこでは、十分な知識や経験が必要になることもしばしばあります。
教員と学生では、社会的立場はもちろん知識や経験の多寡も違いますし、学務上は教員の指示に従ってもらう必要もありますが、どちらも自然に対しては対等です。研究において何が本当に正しいかを決めるのは実験結果です。結果の解釈に一時的に人間の思惑が混入することはあり得ますが、最後に物事を決定するのは自然が提示する冷徹な実験事実の積み重ねです。「自然は人の思い通りにはならない。そして自然には何の意図も予断もない」ことを真正面から相手取って闘える、これ以上公平で楽しいことはないと思っています。
そのような研究生活を通じて、修士課程の修了生には物質・化学関連分野の基本的な知識と理解、他分野への応用の基礎となる方法論や工学的知識と思考力の習得を、博士課程修了者には、上記に加えて、高度な専門性を持つ学術研究活動を通じて、自立できる研究者になるために必要な知識と経験、そして本質を見据え、整理し、さらにその先へと発展深化させていける展開力と適応力を習得させたいと考えています。
僕個人の経験から言うと、大学の本当の面白さがわかるのは、(自然科学に限ったことかもしれませんが)研究室に入ってからだと思います。もしこれを読んでおられるのが学部4年生なら、あなたはようやくその入口に立ったばかりということになります。ぜひ大学院に(願わくば当研究室へ)進学して、大学の、そして研究の奥深さに触れてください。
そして修士課程学生のみなさん、研究の面白さ、懐の深さには、まだまだ先があります。大学での研究生活は、あなた次第で自由と可能性に満ちたものになります。自分の力にある程度の自信があるなら(全く自信のない人には勧めません)、それを世界中の人たちと対等に渡り合い、国際的に切磋琢磨しあえるレベルまで伸ばしたいと思いませんか?そのための「免許証」と言うべきものが博士号です。やればやるだけ拡がりが出るのがこの世界です。学生時代という二度とないこの機会に、やれるところまでとことんやってみてはどうでしょう。(人生、先は長いです。研究生活を2年や3年で終わらせるのはもったいないですよ)
大学では、自分から動かない限り、良いことが勝手に天から降ってきたりはしません。しかし、自ら探し、追い求めていく存在には、大学はあり得る限りの可能性を提供し、多様なやり方で報おうとします。そこに大学の良さがある、と思っています。
研究上のモットー
「転んでもただでは起きない」
「人のやらない(やろうとしない)ことをやる」
配属時教育
新人が研究室に配属される4月には、約4週間の間に研究室内で以下のような研修プログラムを実施します。これらの講習により、出身学部や研究テーマにかかわらず、無機材料化学の実験研究に関する基礎的な知識と技術を全員に習得して頂きます。
- 実験室基礎講習
- 高圧ガス講習
- 電気炉講習
- 真空講習
- 粉体取扱講習
- 情報検索講習
- XRD講習
これ以外に、部局・専攻主催で安全衛生教育、廃液安全講習、X線取扱者講習会等が開催されます。
徹底した添削指導
研究生活では、卒論・修論中間発表に始まり、卒論・修論発表会、学会発表の要旨、学術誌論文執筆など、日本語や英語の原稿を書く機会がたくさんあります。大瀧・末國研では、重要な教育方針の一つとして、これらの原稿作成において徹底した添削指導を行います。
なぜか。それは、正確で簡潔でvividな文章を書くためには、科学や社会一般に求められる「論理性」と十分な「語彙力」が不可欠だからです。よりよい文章を書く訓練は、高度な論理性(logic)と豊かな表現力(expression)の訓練でもあるのです。そしてそれは母国語と外国語を問わずverbalなコミュニケーションの基礎ともなります。自分がこれでいいだろうと思った原稿が真っ赤に直され、その理由が明解に説明されるという経験を通じて、まず正しい日本語、そして英語で、「伝えたいことを正確に伝える力」「相手に強くアピールし、味方につけ、欲しいものを勝ち獲る力」が身に付いていくでしょう。
英語について
いうまでもなく、英語の重要性は、一般社会においても大学においても今後増大する一方です。英語でしか得られない情報の量と質がとにかく圧倒的に大きいので、できない(やらない)と、決定的に不利です(和訳はそもそも少ないし、誤訳や時間的遅れ、古い情報が更新されないという問題が多い。外国ネタを中心にWikipediaの内容を日本語版と英語版で比べてみると面白いです)。大瀧・末國研では、研究を通じて英語力を高めていくことを(教員も含めて)一つの目標にしています。
大瀧・末國研に入って「英語が下手」だから不利だとか怒られるとかいうことは決してありません。私(大瀧)も含めて日本に生まれ育った人はそもそも英語は下手です。私自身、留学や外国勤務などの在外経験はなく、私の英語はほぼすべてmade in Japanです。いまでも日本人の弱点を一つ一つ乗り越えていくため、英語の記述(輸入食品のラベルも)や動画があったらとにかく読み、聞き、辞書を引き、好きな洋画は英語字幕で繰り返し視聴し、機会があったら外国人に話しかけて勉強しているのが実情で、そこから得た経験や知識をぜひ学生のみなさんとも共有したいと思っています。
日本で英語を学んできた経験から、まず以下の書籍を購入し、手元に置いて繰り返し読むことを強く推奨しています。
- 「日本人の英語」マーク・ピーターセン(岩波新書)
- 「続 日本人の英語」マーク・ピーターセン(岩波新書)
- 「ランダムハウス英和大辞典」(小学館・1993年第2版・15,120円、物書堂・iOS版アプリ・6,100円)
- 「The Elements of Style」W. Strunk Jr. and E. B. White, 4th Ed.(Macmillan, 1999/7/23)ISBN: 978-0205309023
1.と2.は、もはや英語に関する読本の古典です。特に1.は、雑誌「科学」に連載された記事が元になっていて、著者が日本人の学術論文を英文校閲した経験に基づいて書かれているので、「日本人の〜」と銘打ちながら、実は「日本の理系研究者の〜」と言っても差し支えない内容です(そのタイトルではこれほど売れなかったでしょうけど)。特に最初のパートで冠詞についてネイティブの視点から説明している内容は、英語を学ぶ日本人としては「読まなければ一生の損」と言っても過言ではないでしょう。「I ate a chicken.」の有名な例文は、この本が嚆矢だと思います。我々がよく使いそうな英語表現の間違いも丁寧に説明されています(「特に、」を「Especially,」で始めてはいけないとか、「したがって、」を「Therefore, 」と書くのは良くないとか)。
3.は、もちろん英和辞典です。「英語の学習は辞書を引くことに始まり、辞書を引くことに終わる」と言われますが、真実です。たとえば、良い英和辞典としてよく知られている「リーダーズ英和辞典」(研究社)は、語彙数が多いのが最大の特徴で、英語の読書をするのには向いていますが、説明や用例が最低限なので、英語の学習には必ずしも最適ではありません。
「ランダムハウス英和大辞典」(小学館・1993年第2版・15,120円)/「新英和大辞典」(研究社・2002年第6版・18,900円)/「ジーニアス英和大辞典」(大修館・2001年・17,325円)は、いずれも語彙数・解説量ともに最高クラスの英和辞典で、こんな規模の嵩・値段の英和辞典が普通に市販されているのは、「これらを使わないとわからない英語が普通にある」からです。本格的な英語学習のためには、ぜひこれらの大辞典を1冊持っておくべきです。ただし嵩も値段もケタ外れなので、学生が購入するなら電子辞書かスマホの辞書アプリが現実的でしょう。
「ランダムハウスがなぜ良いか」を説明するのは簡単ではありませんが、使ってみればわかります。本当に困ったときに、「この辞書だから解決できた」ということが一番多いのです。アマゾンの書評(後ろの方まで読むこと)などを見ると、英語を生業としている人たちがこの英和辞典をいかに高く評価しているかがわかります。
もしこれから電子辞書を買うなら、私個人としてはランダムハウスが収録されているものを強くお勧めしますが、セイコーインスツル(SSI)が2015年3月末をもって電子辞書事業から撤退してしまったため、たとえばSII SR-G10001、DF-X10001、DF-X9001、DF-X8001などのランダムハウス収録機種は流通在庫か中古しか入手できません。2022年11月現在、CASIOで唯一ランダムハウスを収録している機種はEX-word XD-SX20000ですが、定価は税込70,400円、実勢価格でも4万円以上します。電子辞書は多数の英和・英英辞典を一括検索できるので、翻訳のプロも使っているようですが、さすがに高価です。Logophileという電子辞書ブラウザをPCにインストールする手もあるのですが(私は旧版のJammingをMacで使っていました)、こちらも最近はバージョンアップが滞っているような・・・
スマホが普及し、辞書アプリも廉価で手に入るようになったので、今や電子辞書すら時代遅れの観があります。iOS版のランダムハウスは、Apple Storeで物書堂版が通常価格6,100円のところ毎年4月に特別価格(4,000円くらい)でセール販売をやっています。5万語の発音音声も収録されているので、個人的には一番オススメです。和英索引との切り替えなどの使い勝手は電子辞書にやや劣るかもしれませんが、圧倒的に安い!
4.の「The Elements of Style, 4th Ed.」は、初版は1959年というやや古い本ですが、英作文の本としてはバイブル的存在で、アメリカの大学では入学生の必読文献にもなっているそうです。約100ページの薄い本なので、簡単に読めます。きちんとした、恥ずかしくない、力強い英文を書くために必要不可欠なポイントが簡潔にまとめられています。ネイティブも含めて、より良い英文を書きたいと思う人は、批判するにしても必ず一度は読んでいる、そのぐらいの価値というか意義のある本です。
科学英語に関する書籍は、図書館や研究室にも他に色々ありますから、試しに読んでみるといいでしょう。ですが、最大の「急がば回れ」は、とにかく多くの英文を読んで書く、そして聞いて話すことです。また、自分の意図するところを相手に確実に伝え、理解してもらうためには、正しい英文法の知識も極めて重要です。とある高名な先生が「研究者としての能力の半分は英語力だ」とおっしゃったそうですが、これはかなりの程度、真実だと実感しています。