低次元ナノ物質
有機分子の自己集積機能を利用した規則化低次元ナノ層状酸化物の創製
界面活性剤のような両親媒性有機分子は、水溶液中では大きさや形が極めてよく揃った分子集合体を安定に構成し、これらは条件に応じてさらに空間的に規則配列した液晶相を自己組織的に形成します。このような分子集合体を高度に規則化したnmオーダーの鋳型として利用することにより、極めて規則性の高い微細な細孔構造を持つ酸化物が合成できます。最もよく知られているのは1992年に米国Mobile社が発表したMCM-41(MCMは Mobile Composition of Matter の略)と呼ばれるメソ多孔質シリカ/シリケートで、口径数十Åの均一な一次元円筒状細孔が六方対称に配列した、いわば原子レベルのハニカム構造を持っています[1,2]。この特異な細孔構造は、界面活性剤の棒状ミセルが鉛筆を束ねたように最密充填し、その間隙で酸化物前駆体が縮合することにより生成すると考えられていて、鋳型となるミセル液晶相の構造に対応して、六方晶相のMCM-41以外にも、下図のように立方晶相のMCM-48や層状構造を持つlamellar相のMCM-50などが得られます。このような液晶鋳型機構(liquid crystal templating)においては、界面活性剤−水のみの二元系で界面活性剤単独の液晶相が形成される濃度よりもはるかに低い濃度域でも規則的な多孔質構造が生成するため、機構の詳細については議論の余地が残されているものの、液晶鋳型構造の形成には界面活性剤分子と酸化物前駆体との相互作用による協同的な組織化が重要であることはほぼ間違いないと考えられています。
MCM-41の当初の開発意図は、従来のゼオライトの限界を超える大口径ゼオライトの合成であったと思われます。形状選択性触媒や高表面積担体としての期待は大きく、不活性なシリカ骨格へ触媒活性を付与するため遷移金属元素などをドープしたり担持したMCM-41の触媒機能が広く調べられましたが、特徴的な細孔空間に起因するような特異な触媒活性が顕著に現れた例はあまり報告されていません。
ゼオライトに代表される結晶性ミクロポーラス物質では、細孔を形成している酸化物骨格内部の原子配列もミクロな並進対称性を持っており、言い換えると物質の結晶構造自体が大きな空隙をもっています。他方、MCM-41に代表されるメソポーラスマテリアルでは、鋳型となる液晶相が酸化物相を空間的に排除することによって高度に規則配列したnmオーダーの均一細孔が得られます。X線回折などで観測される並進対称性は細孔配列の空間規則性によるもので、酸化物骨格の内部構造は一般に長距離秩序の失われた非晶質状態だと考えられています。種々の手段で骨格の結晶化が試みられているものの、細孔構造を保持したまま結晶性の骨格が得られた例はないようです。
半導体や金属の超微粒子のように物質をnmオーダーまで微細化すると、バンド構造の離散化など、バルクとは異なる物性が発現することは、いわゆる量子サイズ効果としてよく知られています。このような視点から例えばMCM-41を見るならば、円筒状の細孔同士を隔てている壁の厚みは高々1nm程度ときわめて薄く、量子サイズ効果が現れる領域に十分入っていますから、これらのメソポーラス酸化物は、もともと三次元的な結晶構造をもつ金属酸化物が量子サイズに低次元化されて空間的に規則化したものと考えることができます。我々は、有機分子集合体が自己組織的に形成する規則化構造を、高度な3次元規則性を持つ量子サイズの微小空間ととらえ、このナノ空間を鋳型として新規な光・電子・磁気機能を示す可能性を持つ規則化低次元ナノ物質の創製を検討しています[3,4]。
量子サイズ層状二酸化チタンの合成と物性
TiO2やZnOなどの酸化物セラミックス半導体は、光触媒や湿式太陽電池などに用いられており、なかでもTiO2の光触媒作用は殺菌・防汚・汚染除去の分野で既に実用化されています。これらの半導体をnmオーダーまで微細化すると、エネルギー準位の離散化や電子−正孔対の封じ込めなどの量子力学的な効果が無視できなくなるため、バルクの同一物質とは著しく異なる物性を示すようになります。このような、いわゆる量子サイズ効果は、0次元、2次元の量子構造に対応する超微粒子や薄膜・人工超格子などについて広く研究されていますが、それらの多くは物質合成の過程で超高真空などの清浄雰囲気や大型の特殊装置を必要とします。
一方、界面活性剤などの有機分子は、相界面や溶液中でnmサイズの分子集合体を自己組織的に形成します。これらミセルやベシクル、二分子膜といった分子集合体は、高濃度条件下では空間的に規則配列して液晶相を形成するため、これを鋳型に用いて「nmオーダーの型抜き」をすることにより、高度に規則化した量子サイズの細孔構造を持つ物質を大気圧下・常温付近の溶液中で合成することができます。
六方晶の空間規則性を持つMCM-41 以外にも、合成条件によって立方晶相のMCM-48や二次元層状構造のMCM-50などが生成します。これらのメソ多孔質酸化物の骨格を形成している酸化物部分の厚さは1nmのオーダーであり、これは量子サイズ効果が発現する領域に十分入っています。しかし、このような極めて薄くかつ高い空間規則性を持つ構造を半導体で形成した場合に何が起こるかは、全く知られていないと言ってよいでしょう。
我々は界面活性剤の二分子膜層状ミセルを鋳型としてMCM-50アナログである約40Å周期の層状酸化チタン複合体を合成し、水熱処理によって層状構造を崩壊させることなくその酸化物骨格を結晶化させることに成功しました。この結晶性層状酸化チタンは短波長の可視光に応答する半導体光触媒として機能するだけでなく、吸収端の顕著なブルーシフトや、間接遷移型半導体であるのに直接遷移的な性格を帯びてくるなど、量子閉じ込め効果に起因すると考えられる特異な光学物性を示します。
鋳型となる層状ミセルを形成するための界面活性剤としては、親水基としてリン酸基を持つアニオン性界面活性剤であるドデシルリン酸ナトリウム(C12PO)を用いました。C12PO水溶液とチタン源であるTiCl4水溶液を室温で混合すると、速やかに白色の沈澱が生じます。この時点でのpHはおよそ1で、得られた白濁溶液にアンモニア水を滴下してpHを調整した後、一昼夜室温で撹拌し、固体生成物を分離して洗浄乾燥します。
生成物のX線回折パターンには、層状ミセルを鋳型として生成するメソ多孔質酸化物のlamella相(MCM-50)に特徴的な(h00)回折線のみが現れました。最も高強度のXRDピークが観測されたC12PO:TiCl4 = 1:1, pH = 7の条件では、水熱処理前の層状構造の(100)面間隔はXRDパターンから37.7Åと求められ、これはC12POのドデシル基が伸びきった状態での分子の長さ18Åのほぼ二倍に相当します。このことから、分子軸をやや傾けたC12POの二分子膜と酸化チタンシートが交互に積層する形で層状構造が形成されていると考えられます。この層状酸化チタン複合体を120℃で24時間水熱処理すると、面間隔は不変のまま回折線が顕著に鋭くなりました。IRスペクトルも未処理の試料と同様で、C12POに帰属される吸収がそのまま保持されていました。しかし、150℃の水熱処理ではピーク強度が減少してXRDパターンはブロードになり、180℃ではピークは全て消失しました。150℃、180℃で水熱処理した後の液面には油状物質が浮遊していたこと、(100)面間隔は120℃まではほぼ等しいにも関わらず150℃では大幅に減少していることから、高温の水熱処理によって界面活性剤が熱的に分解し、
層状構造が崩壊したと考えられます。120℃で水熱処理した試料のTEM観察では右図のように明瞭な層状構造が観察され、酸化物骨格の厚みは約9Åと見積もられました。電子線回折パターンは挿図に示すように多数の小さな輝点から成るDebye-Scherrer環を示し、これがrutile型TiO2の粉末X線回折パターンと良く対応することから、120℃の水熱処理により、下図のように層間にC12PO二分子膜を挟んだlamella構造を保ったまま、酸化チタン骨格がrutile型に結晶化していることが示唆されます。低温相のanatase型ではなく高温安定相であるrutile型が生成する理由は不明ですが、同様に室温付近でrutile型が優先生成するという例は、コロイド状TiO2やTiO2ゾルに関していくつか報告例があり[5-7]、ナノサイズ領域で表面エネルギーの寄与が大きくなるためかもしれません。
この層状酸化チタン試料を石英反応器中の純水に懸濁しXeランプで照射すると、右図に示すように未処理の層状酸化チタンではCO2はほとんど発生しないのに対し、120℃で水熱処理したものでは顕著なCO2発生が観測されました。系内に存在する炭素源は鋳型となっている界面活性剤のみなので、発生したCO2は酸化チタン層間のC12POの酸化分解によるものとしか考えられません。さらに照射光の波長に対する応答を調べたところ、450nmより短波長側をカットするとCO2発生は停止しますが、320nm以下のカットではCO2発生速度はほとんど変化しないことから、320nm≦λ≦450nmの波長域がCO2発生に必要かつ十分であることが明らかになりました。この波長域は結晶性TiO2の吸収端によく対応しています。これは水熱処理によって層状酸化チタンが半導体光触媒として働くようになったことを示しており、酸化チタン骨格の結晶化とそれに伴う半導体性の発現を示唆しています。光照射を80時間行った後の試料は、XRDパターンから得られる面間隔が減少しており、発生したCO2はバルク水相中や試料表面ではなく層間に存在するC12POの分解によるものであることを裏付けています。液晶鋳型機構で形成されるメソ多孔体の酸化物骨格の結晶化は他に例がなく、さらに半導体によって形成されたメソ多孔体が光触媒として機能した初めての例といえます。
120℃の水熱処理で結晶化したと考えられる層状酸化チタンのバンドギャップを、
光学吸収スペクトルから求めました。酸化チタンの基礎吸収端の最も低エネルギー側の光学吸収は間接遷移に帰属されていますが、バンドギャップを求めるTaucプロットは、右図の挿図に示すように直接遷移を仮定したもののほうが直線性がよいことがわかります。
間接遷移型半導体を1〜2nm程度まで超微粒子化すると、不確定性による波数のぼけのために直接遷移に近づくことが知られており、同様の量子効果が現われている可能性もあります。いずれのTaucプロットでも、層状酸化チタンにはバルク結晶試料に比べて大幅なブルーシフトが観察されています。P-25試料をバルクの基準とするとバンドギャップエネルギーは0.21eV増大しているので、超微粒子について報告されているBrusの式[8]にこの値を入れてサイズ効果を見積もってみました。計算にはエキシトンの有効質量μが必要ですが、電子については酸化チタン中の有効質量は文献により5〜13 me(meは電子の静止質量)とまちまちで、さらに正孔の有効質量については殆ど報告例がありません。そこで、実験的にμ = 1.63 meと求められた例[5]があることから、今回はμ = 2 meと仮定して計算しました。0.21eVのバンドギャップ増大から算出される超微粒子のサイズは直径にして18Åであり、粒子の直径は酸化チタン層でいえば厚みに相当すると考えると、この計算値は電子顕微鏡観察から得られた酸化物層の厚さ9Åの約2倍に当たります。Brusの式が一次近似的なものであることを考慮すると、非常に良い一致が得られたといえるでしょう。
バルクで半導体である遷移金属酸化物を用いてMCM-41類縁体を合成する試みはいくつか検討されていますが、その骨格が実際に半導体としての性質を示した例は過去にありません。また、界面活性剤ミセルを鋳型として得られるメソ多孔体の酸化物骨格は、特殊な例外を除くと全てアモルファスで、結晶化の成功例もほとんど見られません。ここで紹介した層状酸化チタンは、酸化チタン層の内部構造や結晶化の方位関係と層状構造の関連など不明な点がまだ多く、光触媒活性も現時点では層間で鋳型となっている界面活性剤を光分解するにとどまっていますが、厚みがわずか10Å程度(rutile構造単位格子のc軸長の3倍強!)という2次元的な半導体が自然界の力だけで生成することは極めて興味深く、層間修飾などによる機能性の付与なども検討したいと考えています。この手法は低次元構造を持つ量子サイズの半導体をバルク量で合成できるという点でも他に例がなく、今後の展開が期待されます。
文献
[1] C. T. Kresge, M. E. Leonowicz, W. J. Roth, J. C. Vartuli, J. S. Beck, Nature, 359, 710 (1992).
[2] J. S. Beck, J. C. Vartuli, W. J. Roth, M. E. Leonowicz, C. T. Kresge, K. D. Schmitt, C. T.-W. Chu, D. H. Olson, E. W. Sheppard, S. B. McCullen, J. B. Higgins, J. L. Schlenker, J. Am. Chem. Soc., 114, 10834 (1992).
[3] H. Fujii, M. Ohtaki, K. Eguchi, J. Am. Chem. Soc., 120, 6832 (1998).
[4] M. Ohtaki, K. Inata, K. Eguchi, Chem. Mater., 10, 2582 (1998).
[5] M. Ampo, T. Shima, S. Kodama, Y. Kubokawa, J. Phys. Chem., 91, 4305 (1987).
[6] C. Kormann, D. W. Bahnemann, M. R. Hoffmann, J. Phys. Chem., 92, 5196 (1988).
[7] H. Yoneyama, S. Haga, S. Yamanaka, J. Phys. Chem., 93, 4833 (1989).
[8] L. E. Brus, J. Phys. Chem., 90, 2555 (1986).