半導体とは?
エネルギーバンドの形成
真空中で孤立している原子を考えましょう。原子には電子の軌道と呼ばれるエネルギー準位があって(ここではエネルギーだけを考えます)、原子核の周りを回っている電子はエネルギーの低い軌道から順にひとつの軌道に2個ずつ入ります。2個の同種の原子が近づくと、全く同じエネルギーを持っていた軌道同士が相互作用することにより、エネルギーの低い方と高い方にずれた新しい二つの軌道を作ります(なぜこのようなことが起こるかについては、量子化学の知識が必要です)。この二つに分裂した軌道のうち、エネルギーの低い方を結合性軌道、高い方を反結合性軌道と呼ぶことがあります。
電子はこの新しくできた軌道(分子軌道)に下から順に詰まっていくので、元の軌道(原子軌道)に原子当たり1個の電子があるときには、合計2個の電子が低い方の結合性軌道にちょうど詰まることになり、電子の全エネルギーは結合性軌道のエネルギー低下分×2だけ下がります。このとき、2個の原子は孤立している時よりエネルギーの利得分だけ安定化しており、2個の孤立原子に戻すためには、低下した分のエネルギー(結合エネルギー)を外部から与える必要があります。これが、1s軌道に電子を1個持つ水素原子について、水素分子H2が安定に存在することの定性的な説明です。原子がヘリウム(He)の場合には、各原子が1s電子を2個ずつ持っているため、反結合性軌道に残り2個の電子が詰まることになり、エネルギーの利得は打ち消し合ってゼロになってしまうので、原子間結合を形成するメリットがなく、He2分子は形成されません・
原子の数が増えていくと、それに応じて軌道の数も増え、複数の原子間の相互作用により少しずつずれたエネルギー準位を占めます。固体中には極めて多数の原子が存在するため、各軌道はもはや分子のように飛び飛びのエネルギー値をとらず、連続した帯状のエネルギー状態(エネルギーバンド)を形成します。電子の存在が許されるバンドを許容帯といい、準位の存在しない領域を禁制帯、その幅をバンドギャップといいます。
電子はエネルギーの低い準位から順に詰まっていきます。許されたバンドのちょうど上端まで電子が完全に詰まったものを価電子帯(valence band)といい、どの電子にとっても近隣には空のエネルギー状態がありません。従って電界をかけても電子は新しいエネルギー状態に移れないので、加速されることができません。このため、電子は電界をかける前の運動状態にとどまり、電子伝導は生じません。これが絶縁体(insulator)です。これに対して、完全に空または一部だけ電子が詰まったバンドを伝導帯(conduction band)といい、部分的に詰まった伝導帯を持つ場合には最上部の電子はすぐ上の空のエネルギー準位に移れるので、電界をかけると電子は容易に加速され、電子伝導が生じます。これが金属(metal)です。
伝導帯が空であっても、価電子帯上端の電子がバンドギャップ以上のエネルギーを得て伝導帯に励起されれば電気伝導が生じます。絶縁体ではバンドギャップが大きい(約3eV以上)のでこの過程は困難ですが、Si結晶のようにバンドギャップが比較的小さい物質では熱や光のエネルギーで伝導帯に伝導電子が、価電子帯に電子が抜けた孔である正孔(ホール)が生成します。伝導電子がすべて価電子帯からの励起によって生じるものを真性(固有)半導体(intrinsic semiconductor)といい、不純物や欠陥によって電子や正孔を生成しうる準位が導入されたものを外因性(不純物)半導体(extrinsic semiconductor)といいます。絶縁体と半導体との違いは、本質的にはバンドギャップの大きさだけです。
ゼーベック効果の原理
金属では電子濃度は温度によらずほぼ一定なので、導電率の温度依存性はほとんど全て移動度の温度変化によります。温度が高くなるほど伝導電子は格子振動などからの散乱を強く受けて移動度が減少するので、金属の導電率は高温では温度の逆数に比例します。一方、半導体では熱励起でキャリアが生成するため、外因性領域ではキャリア濃度は温度の上昇とともに指数関数的に増大します。
物体の高温端と低温端の温度をTHとTL、それぞれの電位をVHとVLとすると、ゼーベック(Seebeck)効果によって温度差ΔT=TH–TLから熱起電力ΔV=VH–VLが発生します。単位温度差当たりの熱起電力を熱電能(thermopower)またはゼーベック係数(Seebeck coefficient)Sと呼び、-(ΔV/ΔT) [V/K]で定義します。
ゼーベック効果は荷電キャリアの化学ポテンシャルの差によって生じます。金属では自由電子の数は温度によってほとんど変化しないので、熱起電力の起源は電子の平均速度の違いによる低温側への電子のわずかな片寄りしかありません(温度差によるフェルミ準位のわずかな変化)。そのため、金属のゼーベック係数は数〜数十μV/Kと一般に小さい値をとります。さらに、金属では導電率σと熱伝導率κが比例するというWiedemann-Franz則が一般に成立するため、金属の熱電対では高い発電効率は得られません。→熱電変換材料-1へ
これに対して、不純物伝導領域にある半導体では、熱励起によりドナーまたはアクセプターがイオン化してキャリアを供給するため、キャリア濃度は温度に対して指数関数的に増大します。このため、温度差があると上図(n型の場合)のように高温部と低温部でキャリアの濃度勾配が生じ、高温側のキャリアは濃度差による拡散力で低温側に拡散していきます。一方、電離した不純物準位は一般に結晶中のイオンなので固定されていて拡散できず、高温側は反対符号の電荷を帯びます。この電荷の偏りによるクーロン力でキャリアは高温側に押し戻される力を受け、いずれは両者が釣り合った定常状態に達します。
結果として低温側に多数キャリアがたまることになり、n型半導体の低温側が負に、p型の低温側が正に帯電します。ゼーベック係数の定義式は、その符号が多数キャリアの符号と一致するように書かれています。高温側でキャリアがより多く生成することによるこの効果は、キャリアの拡散速度の差よりずっと大きいので、半導体では数百μV/Kに及ぶ大きなゼーベック係数が得られます。なお、バンドギャップに比べて無視できない程度の高温になると、バンドギャップを超えて価電子帯から伝導体に電子が励起される固有伝導領域に入り、電子と正孔という正負両方のキャリアが同時に大量に生じるため(バイポーラ拡散)、温度差によるキャリア濃度の違いは相対的にずっと小さくなってしまい、ゼーベック係数の絶対値は急激に減少します。このため、高温で用いる熱電変換材料には、十分大きなバンドギャップ(Eg>4kT)が必要です。