熱電変換材料-2
酸化物熱電変換材料の開発
熱電発電は、半導体のゼーベック効果により温度差から電力を直接得るエネルギー変換技術で、小型軽量・無可動部・無排出・高信頼性という点で他の追随を許さない長所を持っています。現状では発電効率がまだ低く、民生化はごく一部の特殊用途にとどまっていますが、東日本大震災による福島第一原発の事故以降、原子力依存からの脱却と再生可能エネルギー指向の高まりにより、一次エネルギー供給の2/3に及ぶ未利用廃熱エネルギーの回収再利用に最適な技術の一つとして期待が集まっており、我が国でも製鉄所や自動車排ガスの廃熱を利用した熱電発電システムの実用化研究が進められています。
熱電発電の効率は、素子の内部抵抗を決める導電率(電気伝導度)σ、温度差あたりの出力電圧を決めるSeebeck係数S、および熱の流れに対して維持できる温度差を決める熱伝導率κに支配され、無次元性能指数ZT = S2σT/κが大きいほど変換効率は向上します。Tは平均の作動温度なので、高温で使える材料ほど高効率が得られるわけです。ZT=1が実用化のラインと言われています。
現在までに研究されている熱電発電システムでは、使用温度が室温から200℃程度までのBi2Te3系と300〜600℃程度のPbTe系という既存の熱電材料が想定されています。今までは実用化の範囲が極めて限定されていたためあまり問題になっていませんが、BiやPb、Te、Seなど主として重元素からなるこれらの化合物半導体は耐熱性や耐酸化性に乏しく、高温における気化蒸発や酸化分解とそれによる毒性や環境汚染、さらに原料・製造・リサイクルに関わるコストやリスクなどの問題は未解決のままです。地球環境の問題を真剣に考えるとき、原料の採掘や精製を含めた熱電素子の製造に要する電力やコストが、廃熱から稼ぎ出す電力の総和を上回るようでは意味がありません。また燃焼炉やガソリンエンジン排ガスの温度は最高で800℃程度あるので、熱資源の最大利用という点からも、もっと高温まで使用できる環境負荷の小さい新材料が望まれています。
金属酸化物の多くはセラミックスなどの形で一般社会に広く浸透しており、一般に高温大気中でも安定で、低毒性かつ安価で、低コストの製造プロセスも確立しているので、広範な実用化を考える上で極めて有利だと考えられます。しかし、従来の熱電理論からは、「酸化物はイオン結合性が強いので伝導電子は陽イオン上に局在する傾向が強く、キャリア移動度が一般に小さい。さらに、構成元素の約半分が軽元素の酸素なので、格子熱伝導率も高い。したがって、熱電性能は極めて低いのが当然」と考えられており、熱電変換材料の歴史において酸化物は考慮すらされてきませんでした。
しかし私たちは、熱電発電の普及には画期的な breakthrough が必要不可欠と考え、既存の枠に囚われない新規な熱電材料を見出すため、導電性セラミックスについての経験と知見をもとに、世界に先駆けて酸化物熱電材料の研究に着手しました。1993年の熱電国際会議 (12-ICT) で初めてIn2O3系複合酸化物の熱電特性について発表した時点では、高温熱電材料として酸化物を扱った研究はほぼ皆無でしたが、その後、酸化物材料が既存理論では説明できない優れた性能を示すことを次々に見出してきました。
まず、種々の導電性酸化物のうちキャリア移動度が高い物質に着目して材料探索を行った結果、In2O3系複合酸化物が高温で比較的優れた熱電性能を示すことを見出しました。これは、従来の半導体理論では顧みられなかった酸化物材料にも優れた熱電性能を示す可能性があることを初めて指摘したものです。さらに、局在したキャリアがホッピングで伝導するため移動度が極めて低いCaMnO3系ペロブスカイトが、代表的な新規高温熱電材料として知られていたβ-SiCに匹敵し得る熱電性能を示すことを見出しました。
さらに、ZnO系材料は既存材料と比較して熱伝導率が大幅に高いにもかかわらず、1000℃で無次元性能指数ZT=0.30に達することを世界で初めて報告しました。この性能は、当時酸化物以外の新規候補材料として注目されていたFeSi2やβ-SiCを凌ぎ、高温用実用材料であるSi-Ge系合金の3割を超えています。その後も、単結晶では既存材料に匹敵するp型性能を示す層状酸化物NaCo2O4やCa3Co4O9についても焼結体の組成や組織制御による性能向上に成功しており、その優れた熱電性能について化学的視点から研究を進めています(Adv. Mater., 23, 2484 (2011) )。
下に、過去約20年間の酸化物熱電材料の性能の推移を示します。この約20年で多結晶体の性能は10倍以上向上しており、p型単結晶試料に至っては実用水準のZT=1に十分達しています。p型多結晶試料の性能は単結晶に比べてまだ半分近く低いため、単結晶に近づける努力が払われています。また、n型材料の性能向上とともに、新たなn型材料の探索も進められています。
これらの成果は熱電材料研究における酸化物への意識を一変させ、現在では熱電国際会議(ICT)のプログラムにも “Oxides”のセッションが独立して設けられているほか、学会誌や学会でも酸化物熱電材料の特集が組まれるまでになっています。

ZnとOのイオン半径比から幾何学的に要請される配位数は6配位だが、これと矛盾するsp3混成的な4配位構造を取っており、酸化物としては共有結合性が強い。伝導帯は主として空のZn4s、4p軌道から成り、移動度が高いことが示唆される。
現在注目を集めている新規酸化物材料の多くは、キャリア移動度が小さいにもかかわらず、それに比べてずっと優れた熱電性能を示すという点で従来理論の枠から外れており、従来理論の前提である一電子の平均場近似が必ずしも成立していないことが強く示唆されます。キャリア移動度が比較的高いという点でほとんど唯一の例外と言えるのが我々の見出したZnO系材料で、移動度も、熱電性能のうちの電気的な寄与を表す出力因子 (power factor) S2σも、既存の高温用熱電材料であるSi-Ge系に匹敵します。当研究室が最近見出した、少量のAlとGaを共ドープしたZnO系酸化物は、特に500℃以上の高温域で優れた熱電性能を発揮し、最大のZTは約1000℃で0.65に達しており、n型の多結晶酸化物としては現時点で最も大きなZTを示す酸化物熱電材料です(J. Electron. Mater., 38, 1234 (2009) )。